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2009年2月

2009年2月23日 (月)

ダイエット

ちっともダイエットの話題が出なくてごめんなさいm(__)m

やる気はあるのですが身体が付いていかない感じ・・・。

友達に言ったら「3月から一緒にしようよう」と言われ、友達と私、現在たい焼きにはまっているため、ほかの地域ではなんて言うのかなあ?大判焼き???広島では二重焼きって言うんだけど、ちょっと私の住んでいる所から1時間くらいのところの二重焼きを食べてから・・・と決定してしまいました

たい焼きは最近会社の近くに出来たスーパーにあって、常に行列。

それはたい夢というたい焼き屋さん。Oguratai 薄皮でパリパリで餡子の甘みもちょうどいい。人生の中で出会ったたい焼きさんの

中でも最高です。特に買ってすぐ食べるのがおすすめです。

最近、ご近所さんや母のいる墓苑の社長さんや色々配っても大変好評です。

こんなことしていたら痩せないわなあ・・・

入院中の点滴&1600㎈の食事で更に大きくなったのにね

でも美味しいです!!!

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2009年2月21日 (土)

入院生活PARTⅡ

入院生活を思い出すために入院中に送信した携帯のメールを見てみた。

本当にひどかったなあ・・・。あくびも出来なかったんだ

結局3週間の入院生活で一度も水平になって寝れなかったんです。

入院後更に悪化して本当に息が出来なくて、24時間点滴。酸素マスク。

人間って本当に簡単に肺炎になって死ねるのだと実感。こんなに治療しても治らないのかとも・・・。

呼吸がととのってきたのと入れ違いに今度は全身に発疹。熱も40度近くまで上がってしまった。多分薬の副作用。

ある朝、ナースがバタバタと入ってきて遠くで呼んでいる。「なんだろう?」と思うけど身体が動かない・・・。「なんで???」と思い、一生懸命起きてみた。

「あーー、よかった、心拍が急に弱くなったのよ」との事。

「母と同じ・・・」このことはまた後日ゆっくりと。心落ち着いてから・・・。

なんとかドクターとナースの皆さんお陰でここまで元気になりました

この総合病院に紹介してくれたかかりつけの医院にドクターのお手紙を持っていったら、「よく挿管せずに帰れたねーーー。本当に死掛けてたんだね」って

でもね、一度も母は迎えに来てくれなかった。寂しかった。母と同じ病気だったのに・・・。

私は死んでもいいと思っていた。もう父の面倒を見る生活にも疲れていたし、この不景気、母のために正社員にならずに頑張ってきたけれども、その母もいない。いつ首になっても不思議じゃない。この時期多分正社員にももうなれない。結婚もしていない。年をとったら本当に一人になってしまう・・・。

朝、呼吸が停まりかけて、心拍が弱まったときとても気持ちよかった。あれなら死んでもいいと思った・・・。

飯島愛さんの死因が肺炎だったけれども、色々意見があるみたいだけど私は肺炎だったと思う。私も入院する前に風邪薬を普通に飲んで治ると思っていたもの。でも発作が起きたとき本当に苦しかった。本当に死に掛けた。たった3日で死に掛けるほどの肺炎になるんだもの。私は幸い掛かりつけの医院の皆が気にかけてくれたからこうして生きていられんだけど・・・。

今は生かして貰えた命をもう少し大事にしないといけないかな?

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2009年2月20日 (金)

肺炎・危篤・復帰

本当にお久しぶりになってしまいました

3日間ほどアップしたブログは入院中にすることが無くて・・・(-_-;)

携帯で作成してましたが、やっぱり難しかったのと、あれから状態が一気に重体になっってしまって・・・。

今日から心新たに頑張ります。ブログandダイエット!!!

今日はまず先日の入院生活から・・・。

11/29から救急車に運ばれて肺炎で入院になりました。もともと、11/27の午後から「うーーんしんどい」って言っていたらポヨンが「なんか具合悪そうですよ?帰られたら?」って一応気を遣ってくれたんだけど「ううん、頑張る」って11/27は一日仕事してました。

11/28の朝は熱があったのでポヨンに連絡して「朝、病院に行って点滴受けてから行くよ」って言っていたんだけど、病院にいくと会社は休んだほうがいいとの事。という事でポヨンに連絡して「今日は休むわー」って一日寝て治るつもりでした。

11/29朝・・・。点滴を受けに行かないといけないのに息が出来ない、当然動けない。で寝ていたら、昨日の病院から「点滴受けに来てないけど大丈夫ですか?」との電話が・・・。しかたなく、起きて支度して、なんとか車を運転して病院へ・・・。

ついたとたんにナースが尋常ではない私の状態に気づいてくれてすぐに処置室に・・・。すぐに先生が診てくれて酸素吸入。だけど血中酸素濃度が上がらない。先生が「ここではもう処置できないので救急車で大きな総合病院に入院だ!」って救急車を呼ばれて・・・。

近くの総合病院に着いたら、酸素マスクで緊急処置。そのまま入院・・・。

で、多分いびきをかくし咳もひどかったので声にならない声で個室希望。

普通個室に入れてもらって落ち着いたので本人はすぐに退院できるものと思ってました。

が・・・。動くと発作が・・・。自分の体が自分のものでないような感じ・・・。息が出来ない。横になって眠れない。横になると肺を圧迫して呼吸が出来ない。

遂に大きな発作が・・・。本当に死ぬかと思った!どうしてもトイレは自分で行きたかった私はそろりそろりとかわいいピンクの点滴台Nec_0034 と共にトイレに・・・。行ったのはいいんだけど、帰ってからベッドに移るときに今までに無い呼吸困難に・・・。ナースコールを押して助けを求めたら、すぐにナースが来てくれて処置を・・・でもナースでは手に負えない状態になってドクターが飛んできてくれる大騒ぎに。

どうも心不全を起こしていたらしい。

それから2回心不全を起こし、ナースの皆様にご迷惑をかけました。その後はあきらめました。トイレは・・・

で、いい子にしていたら病院からビッグプレゼント

超豪華個室にお引越し。いまだになぜだか謎なんだけど???

Nec_0035 Nec_0036_2 Nec_0037 Nec_0038

応接室つき、キッチン付き、お風呂付、なんと、外には写真のようなウッドデッキ付き

とは言ってもベッド上安静の私には無用の長物なんですが。お風呂も当然入れないし、ウッドデッキなんてもってのほか。まあテレビが普通個室はアナログなんですが豪華個室はさすがにデジタルで大きいし。

普通個室の3倍のお値段でこの病院の中の最高ランク個室です。(ただし病院の都合のため普通個室の価格で!!!)

お見舞いに来る人がみんなドン引きでした特に会社の上司は「・・・・」なんか顔に「お前は本当は何者?」って感じでした。

ただ、父は高齢で入院準備なんて出来ないし、兄は遠く尼崎・・・。不安な中、友達や近所の人が助けてくれました。Tちゃん・O・Nちゃん本当にありがとう。Tちゃんは連絡したらすぐに駆けつけてくれて心強かった。Oは昨年お父様が入院していた病院とあって、また入院に必要なものとかがわかっていていろいろ準備してくれた。本当に助かった。

でも、涙が出たのは兄。入院してすぐに駆けつけてはくれたけど何もしてくれないまますぐに帰ったし、父のこともそのままにして帰ったし・・・。

途中、不安なため感情が安定なときに電話してきたから「家族が一番何もしてくれん」って文句を言っていたら宅急便でパジャマとパンツが・・・。嫁さんが買ったんだろうと思っていたら、兄が自分でイオンに行ってパジャマとパンツを買ってくれたらしい。どうりでパンツのセンスがいい大人の男が婦人下着売り場に行くってどんなに恥ずかしかっただろうと思うと感謝の気持ちでいっぱいになりました。なんやかんや言ってもやっぱり優しい兄でした。

とまあ、色々あるのですが明日はまた第二弾を。

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